眠りは私には心地いいものです。こんな不幸と恥辱の時世には、大理石でいるのはそれよりもまだ心地いいものよ。なにも見えず、なにも感じないことは私にとっては幸せなのです。ですから少しでも私を起こしてはなりません。声を落として話しなさい。――夜に名…
ハインリヒ・ハイネの『ロマン派』に着想を得て、「理想」第4連にダンテの『神曲』のオマージュを仕掛けるにあたり、ボードレールは、「煉獄篇」第32歌で大淫婦バビロンと対をなしていた巨人をティタンに置き換えている。 韻 文 訳悪 の 華シャルル・ボード…
『悪の華』1857年版において、詩篇17「美」と詩篇18「理想」と詩篇19「女巨人」の3作は、大淫婦バビロン三部作を構成していた。1861年刊行の第2版ではさらに詩篇20「仮面」と詩篇21「美への讃歌」が追加されて五部作となるのだが、影の主役がこのキリスト教…
理想(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 それは決してあんな挿絵のカットの美女たちなどではない。 益体もない世紀の生んだ、あんな傷物の製品では。 あんな編上靴履きの足や、カスタネットつきの指でもない。 私のもっているような心を満足さ…
――そりゃそうかも知れないが!……一枚のタブローの詩とは、見る者によって作られなければならないものなのだ。 ――一詩篇の哲学が読者によって作られなければならぬように、というわけだね。――その通り、まさにそうなんだ。――ボードレール「L・ド・セヌヴィル…
深淵 シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 パスカルは、彼について動く深淵をもっていたという。 ――うう! みな淵獄だ。――行動も、欲望も、夢も、 言葉もだ! 見えるたび、まっすぐよだった身の毛を、 幾度も恐ろしさが風となって通り過ぎるのを感じよう。 …
ボードレールの「美」とは、『悪の華』という美術館に特設されたウェヌスのギャラリーである。そこに展示されたウェヌスのコレクションには、古代ローマ帝国の母神、売春婦の守護神、レズビアンの守護神という三つの顔があり、「美」にはそのそれぞれに由来…
美(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 わたしは美しい、おお、死すべき者よ! 石の夢のように。 だれもが代わるがわる打ち傷を負っていったわたしの胸も、 詩人の魂に愛を吹きこむために作られたのよ。 永遠の声なき愛を、万有の質料と同じよ…
驕慢の懲罰(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 神学が、最も豊かな樹液と精気に満ちみちて 花開いていた、あの驚嘆すべき時世において、 伝えでは、ある日、ある一段と偉大な博士が、 ――無関心な者たちの心すらもこじ開けては、 その黒き深み…
分裂症者は、資本主義の極限に位置する。彼は、資本主義の発展の傾向であり、その剰余生産物であり、そのプロレタリアであり、皆殺しの天使である。彼はあらゆるコードを混乱させ、欲望の脱コード化した流れをもたらす。――ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイ…
冥界のドン・ジュアン(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 ドン・ジュアンが地下の水辺へと下っていき、 カロンに渡し賃のオボロス銀貨を払ったとき、 アンティステネスのごとく誇らかな目をした 陰気な乞食は、復讐者の強き腕に櫂を握った。 …
人と海(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 自由人よ、いつもおまえは海を愛しく思うだろう! 海はおまえの鏡。おまえは無限に繰り広げられる 波濤の刃のなかで、おまえの魂を見つめるだろう。 おまえの精神には、海にも劣らぬ苦汁の淵がある。…
旅のボヘミアン(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 熾烈に瞳を燃え立たせた予言者たちの部族は、 昨日旅路についた。一行の女たちはてんでに 小さな子をおぶったり、その見上げた食欲に、 垂らした乳に常備した宝を委ねたりしていた。 彼女ら…
前世(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 私は長いあいだ、海辺の太陽が千の火で 染め上げた広大な柱廊の下に住んでいた。 その大きな柱は、まっすぐ厳かに並んで、 夕暮れは、玄武岩の洞窟と同様に見えた。 大空の姿を映して巻きこむ波のうね…
不遇(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 これほど重い重石を持ち上げるとなると、 シシュフォスよ、汝の勇気が必要だろう! よくよく作品に心をこめようと、 芸術の道は長く、時は短かろう。 名立たる墓所からは遠く離れた、 孤立した墓地のほ…
われわれの身に起こる数々の善きものの中でも、その最も偉大なるものは、狂気を通じて生まれてくるのである。――プラトン『パイドロス』*1 闇が光の欠如であるなどというのは迷信である。闇とは、殊に人間精神に潜む闇とは、開花を待つ豊穣な潜勢力を秘めた領…
宗教というものについて、ボードレールは『火箭』の冒頭に、「たとえ神が存在しないとしても、〈宗教〉はやはり〈神聖〉かつ〈神々しい〉ものであるだろう」*1という有名なテーゼを遺している。おそらくこれは、サド侯爵のキリスト教批判へのボードレールの…
シャルル・ボードレールの韻文詩集『悪の華』は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』と同じく、キリスト教の『聖書』の知識がないと、なにが書かれているかを充分に読み説くことが難しい書物である。 韻 文 訳悪 の 華シャルル・ボードレール平岡公彦訳トップペ…
韻 文 訳悪 の 華1861年版シャルル・ボードレール平岡公彦訳© 2021-2026 Kimihiko Hiraoka
敵(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 わが青春は、輝かしき陽光もあちこちに 通り抜けた暗澹たる雷雨でしかなかった。 落雷と雨のもたらした荒廃にさらされた私の庭に、 残ったものはごくわずかな紅緋色の実だけだった。 いまやこの私も理念…
けしからぬ修道者(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 昔日の修道院にある回廊の大きな壁には、 聖なる真理が壁画に描かれて並んでいた。 その効果は、敬虔なる胎を温め直しては、 その謹厳さの孕む冷たさを和らげていた。 キリストのまいた種…
前回公開したボードレール『悪の華』第8の詩「魂を売るミューズ」の韻文訳に、誤訳を発見してしまった。 今回の誤訳も、些細な解釈のズレや微妙なニュアンスのちがいのようなものではなく、確認不足と勉強不足によるごまかしようのないまちがいだった。それ…
魂を売るミューズ(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 おお、わが心のミューズよ、宮殿に恋い焦がれる人よ。 君のもとには、一月がボレアスたちを放す頃、 雪の降る晩の黒い退屈がずっと続くあいだに、 紫色になった二本の足を暖める燃えさしは…
病を得るミューズ(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 わが不憫なミューズよ、うう! 今朝はどうしたんだ? 落ちくぼんだ君の両目に、夜の幻が住みついているよ。 それに君の面持ちにも、冷たく無口になった 狂気と怖気が、代わるがわる映って…
灯台(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 ルーベンス、忘却の河、自堕落の庭、 そこはだれも愛せぬ瑞々しき肉の枕。 それでも流れこみ、絶え間なく騒ぎ立つ生命。 空に満ちる空気や、海に満ちる海水のように。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、奥深…
前回韻文訳を公開した、シャルル・ボードレールの『悪の華』の5番めに収録されている無題詩は、三島由紀夫にとっての『潮騒』(1954年)のような作品だったのではないかと私は考えている。 潮騒 (新潮文庫)作者:三島 由紀夫新潮社Amazon 三島由紀夫も、代表…
無題(私が愛するのは、……)(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 私が愛するのは、フォイボスが彫像を黄金に 染めるのを好んだ、あの裸の時代の思い出だ。 その頃は、男も女も立ち居ふるまいも機敏に、 嘘もなく、不安もなく、楽しく過ごしてい…
照応(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 自然とは一つの神殿。そこに生きる柱たちは、 時折、混迷した言葉を芽生えさせた。 そこを訪ねる人間は、親しげな視線で見守る、 象徴たちの森林のなかを通り抜ける。 遠くから響いて混ざりあう長き木…
上昇(1861年版) シャルル・ボードレール/平岡公彦訳 いくつもの沼を越え、谷を越え、 いくつもの山を、森を、雲を、海を越え、 太陽の彼方、エーテルの彼方へ、 星々をきらめかせた天球の果ての彼方へ。 わが精神よ、おまえは機敏な動きで進む。 陶然と波…
シャルル・ボードレール生誕200周年を機に『悪の華(1861年版)』の韻文訳に取りかかり、前回「アホウドリ」の新訳のために改めて「L’ALBATROS」の原文を読み直した。この詩は初版の1857年版には収録されていないため、しっかりとすみずみまで読んだのは今回…