平岡公彦のボードレール翻訳ノート

ボードレール『悪の華[1857年版]』(文芸社刊)の訳者平岡公彦のブログ

ボードレールとミケランジェロ(下)――ミケランジェロのヘリオス

 眠りは私には心地いいものです。こんな不幸と恥辱の時世には、大理石でいるのはそれよりもまだ心地いいものよ。なにも見えず、なにも感じないことは私にとっては幸せなのです。ですから少しでも私を起こしてはなりません。声を落として話しなさい。

――夜に名を借りたミケランジェロの答え*1

 
 ボードレールが「理想」第4連のメディチ家礼拝堂に出現させた背教者ユリアヌスの神殿は、当然ながら、ミケランジェロ本人もそれを意図していた可能性はないのかという疑問を私たちに喚起せずにはおかない。
 


韻 文 訳
悪 の 華
シャルル・ボードレール
平岡公彦訳


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春髙未欧さん、ありがとうございます。
日テレ土ドラ『告白-25年目の秘密-』ロスです。ここ何年かで最高の恋愛ドラマでした。
2026.4.11 「病を得るミューズ」を全面改訳しました。
2026.1.24 「灯台」を一部改訳しました。

 
 しかしながら、この問題に立ち入るとなると、図らずも500年ものあいだ決着のついていない『時の寓意像』の正体をめぐる論争にまで、大胆不敵に首を突っ込むことになってしまう。だが、そんなことはもうこのブログでさんざんやってきたので、いまさらビビってもしょうがないか(笑)。そして、それを記事にしているということは、その謎が解けたということである。
 
 とはいえ、私の解釈は単純明快で、やはり『時の寓意像』は『時の神像』だったのではないかというだれにでも思いつく類いのものだ。その意味では、新解釈と言えるかどうかはあやしい。したがって、ここでも最も重要となるのは、4体の『時の寓意像』のそれぞれが何者なのかである。それが確定しなければ、この問題を解いたとは言えない。
 
 まずはかんたんに、ミケランジェロの『時の寓意像』とはなんだったかをおさらいしておこう。『時の寓意像』とは、ミケランジェロが制作した、メディチ家礼拝堂のヌムール公ジュリアーノ像の足もとに鎮座する『昼(ジョルノ)』と『夜(ノッテ)』、ウルビーノ公ロレンツォ像の足もとに横臥する『曙(アウロラ)』と『黄昏(クレプスコロ)』の4体の彫像の総称である。これら4体の彫像のうち、『昼』と『黄昏』は男性の老人、『夜』は熟年の女性、『曙』は若い女性の姿をしている。
 
『時の寓意像』の解釈をめぐる論争については、中江彬の「メディチ家礼拝堂の「時の四寓意像」と宇宙論」(1987年)で概観することができるが、正直言って、どの説も納得感があるとは言いがたい。なにより不満なのは、この論文を最後まで読んでも、『時の寓意像』のモチーフがだれなのかについては、『夜』以外は仮説すら提示されていないことだ。
 
 しかしながら、いま「『夜』以外は」と書いたとおり、『時の寓意像』のうち2体の正体は、小難しく考えるまでもなく明白だと私は考えている。
 

ニュクスとヘメラ

 
 ミケランジェロの『夜』がギリシャ神話のニュクスをモデルとしているとする解釈は、通説である。これは、4寓意像のうち、『夜』にだけ付加されている豊富なアトリビュートからも明らかだと考えられている。
 

『夜』では、白鳥に代わって梟が、レダの折れ曲った膝の下で奇妙な格好で羽を休め、レダは仮面と罌粟の花束の上に身を休めている。仮面と罌粟は古来から「夜」の双子の兄弟とされる「死」と「眠り」の象徴である。*2

 
『夜』がニュクスでないとすれば、これらのアトリビュートがいったいなにを意味するのか理解するすべがなくなるというわけだ。
 

 
 そして、『夜』がニュクスなのであれば、当然『曙』もギリシャ神話の曙の女神エオスに見立てることができるはずだ。アウロラはエオスのローマ名である。
 


 
 この解釈は私が参照した限りの文献には載っていなかったが、あたりまえのことすぎてだれもわざわざ書かないだけで、絶対に私の新発見ではないはずだと信じている。
 

 
『曙』がエオスであることは、『曙』の彫像の特徴にも表れている。それはほかでもなく、彼女の悲しみの表情である。そのルーツは、エオスの神話の悲しい物語にある。
 

トロイの王子ティトノスを愛し,その種によってトロイ戦争で活躍する英雄メムノンを生んだ。しかしこの愛人のためにゼウスから不死を得てやりながら,不老を同時に願うのを忘れたために彼は老衰し,ついにはエオスによってせみに変えられたという。

エオスとは? 意味や使い方 - コトバンク

 
 このほかにも、朝露はトロイア戦争で戦死した息子メムノンを悼むエオスの涙であるという伝説が伝えられている。『曙』がどちらを悲しんでいるかを決める必要はないだろうが、「時間」というメディチ家礼拝堂のテーマにおいて重要となるのは、言うまでもなく前者のティトノスの悲劇である。『曙』の悲嘆の表情は「老い」、すなわち「無常」への嘆きを表現しているのだ。
 
 ヘリオスとアポロンの場合と同様に、エオスにも他のギリシャ神話の女神との混同または同一視が生じている。そのなかでも重要なのが、ニュクスの娘である昼の女神ヘメラとの同一視である。
 


 
 ヘリオスとゼウスやニュクスとレトの場合とは異なり、エオスとヘメラの同一視は特異な宗教思想の産物ではなく、伝承の過程で生じる異説の一つとして知られていたようだ。ちなみに、ヘメラのローマ名はディエスだが、ディエスをイタリア語に翻訳すると『昼』と同じジョルノになってしまう。このことも『曙』がアウロラと名づけられた理由の一つだろう。
 
 ヘシオドスの『神統記』によれば、ニュクスとヘメラはタルタロス(地獄)にある同じ館に住んでいる。ヘメラが館を出て大地の上を回っているあいだ、ニュクスは館のなかで休んでいて、ヘメラが帰ってくると、今度はニュクスが入れ替わりに館を出て大地の上を回る。これがヘシオドスの伝える1日の仕組みである。*3
 
 こうしたニュクスとヘメラの関係をミケランジェロが意識していたことを示すものを、メディチ家礼拝堂のなかに見つけることができる。それはほかでもなく、『夜』と『曙』の配置にある。あまり注目されることはないようだが、『夜』と『曙』は中央の祭壇を挟んで向かい合う形で配置されている。『昼』と『黄昏』も同様に向かい合っており、実は同性の彫像同士もペアになるように配置されているのだ。
 

 
 ということは、通常は昼と夜の男女の組み合わせが入れ替わっていると考えられている『時の寓意像』は、実はそうではないという見方もできることになるだろう。とはいえ、そうだとしても、『昼』と『夜』、『曙』と『黄昏』はなぜこの組み合わせになっているのかという謎そのものが解消するわけではない。その理由は、ただ入れ替えても明と暗の組み合わせになるからというだけのことではないはずだ。
 
 造形上のモデルは別にいるのかもしれないが、『夜』がニュクスを、『曙』がアウロラと同一視されるヘメラをモデルにしているという単純明快な解釈に、反対する人はほとんどいないだろう。ここで注意が必要なのは、この関係は『昼』と『黄昏』にも当てはまるのではないかという可能性だ。
 
 すなわち、『昼』と『黄昏』もまた、『夜』と『曙』のようにそれとわかればすぐにだれもが膝を打つような、対をなすギリシャ神話の神々をモチーフにしている可能性があるのではないだろうか?
 

システィーナ礼拝堂のアポロン

 
 ミケランジェロの『昼』のモデルがだれなのかについては、前回解説したボードレールの見立てどおり、私はアポロンやヘリオスと同一視された太陽神としてのゼウスであると考えている。
 

 
 だが、ほんとうにそんな解釈が可能かどうかについては、さらに根拠を提示する必要があるだろう。そのためには、これまであえて触れてこなかった、新プラトン主義者としてのミケランジェロの顔を知る必要がある。
 
 ルネサンスとは、西洋思想史においては古代宗教思想の復活ないしは再評価が起こった時代として理解されている。その中心地であったフィレンツェでは、新プラトン派の中心人物であったマルシリオ・フィチーノらによって、本家プラトンの対話篇とともに、主要なアレクサンドリア学派の文献が次々とラテン語に翻訳されていた。
 


 
 少年時代のミケランジェロは、メディチ家の当主ロレンツォ・イル・マニフィコにその才能を見出され、ロレンツォの館に招かれて住み込みで彫刻の修行に励むことになる。
 

 
 数多のルネサンス芸術家たちのパトロンだった大ロレンツォは、彼自身も詩人であり、メディチ家の別荘でフィチーノが開催していたプラトン・アカデミーにもみずから参加していたという。
 


 
 そして、若き日のミケランジェロもまた、このプラトン・アカデミーでプラトンの哲学とアレクサンドリア学派の古代神学を学んでいたのだ。木下長宏の『ミケランジェロ』(2013年)によると、ミケランジェロは、フィチーノをはじめとするプラトン・アカデミーの創立メンバーから直接レクチャーを受ける機会があったと考えられている。
 

 ロレンツォ・イル・マニフィコの館に住み始めた少年ミケランジェロは、ロレンツォのところへやってくる人文学者たちにも可愛がられるようになった、と伝記作者たちは、そのことを強調している。プラトン学者のマルシリオ・フィッチーノ(一四三三~九九)、ピコ・デッラ・ミランドラ(一四六三~九四)、詩人のアンジェロ・ポリツィアーノ(一四五四~九四)、ルイジ・プルチ(一四三二~八四)などなど。こういう人たちからまるで家庭教師のように教えを受け、知的刺激を得て、少年ミケランジェロは人文学の知識や教養も、ふつうの石彫工よりはるかに広く深く身につけたことはまちがいない。*4

 
 なかでも、同時代人の伝記にその名が挙がっている詩人のアンジェロ・ポリツィアーノは、ミケランジェロに作品の題材などについてアドバイスをしていたと伝えられている。*5ポリツィアーノと言えば、当時大ヒットした音楽詩劇『オルフェオの物語』の作者だ。オルフェウスの「冥府降り」伝説を題材にしたこの詩劇は、今日ではオペラのルーツとなったとみなされている。
 


 
 沓掛良彦は、『オルフェウス変幻――ヨーロッパ文学にみる変容と変遷』(2021年)で、この詩人を「古典研究に没頭し、神話の中に文学を求めて、「文学から文学を創り出す」タイプの詩人であった」*6と評している。ミケランジェロの家庭教師をしていたのは、当時最も熱心にオルフェウスを研究していた学匠詩人だったのだ。
 
 私がミケランジェロのゼウス=ヘリオスの典拠となったと考えているマクロビウスの『サトゥルナリア』は、ルネサンス以前からウェルギリウスの註釈書として西欧で読み継がれていたというから、*7ポリツィアーノも当然読んでいたにちがいない。
 

 オルフェウスは、次の詩句で、ヘリオスはバッコスと同一であると明瞭に述べている。
「ディオニュソスの異名で呼ばれたヘリオス」
 この詩句は確実なものだが、同じ詩人の以下のものは、意味がより難解である。
「一つはゼウス、一つはハデス、一つはヘリオス、一つはディオニュソス」

(筆者訳)

ボードレールとミケランジェロ(上)――ボードレールのフォイボス - 平岡公彦のボードレール翻訳ノート

 Orphée prononce clairement, dans le vers suivant, que le soleil est le même que Bacchus.
 « Le soleil qu'on a appelé du surnom de Dionysos. »
 Ce vers est positif; en voici un du même poète dont le sens est plus difficile:
 « Un Zeus, un Adès, un soleil, un Dionysos. »*8

Oeuvres de Macrobe : Macrobius, Ambrosius Aurelius Theodosius : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive

 
 そして、得意分野のことは特別詳しく教えたくなるのが人情というものだ。
 
『サトゥルナリア』に登場するオルフェウスの詩句をミケランジェロが知っていた可能性の裏づけはこれでいいとして、それが彼の創作に影響を与えたかどうかについては、まだ疑問なしとはいかないだろう。ミケランジェロの専門家のあいだでも、ミケランジェロの作品への新プラトン主義の影響については意見が分かれるようだが、その影響を強く主張している研究者も当然ながら存在する。
 
 なかでも最も極端な例が、システィーナ礼拝堂の祭壇画『最後の審判』の中心に降臨したイエスがアポロンと同一視されているとするシャルル・ド・トルナイの説だ。
 

 キリストが若くて、ひげもなく、波立つ髪や完璧な肉体をしており、アポロンに似ているというのも偶然ではない。古代人たちは、この神に、ヘーリオスの性格を融合して、太陽の相反する二つの力を付与した。繁栄させる力と破滅させる力である。さらにキリスト教では、その最初から、キリストと太陽を同一視し、ヘーリオス的性格を与えてきた。すなわち「無敵の太陽神」は「正義の太陽神」ともなっていた。それゆえミケランジェロは、キリストと「アポロン=太陽」とを融合する考えは、既に存在していると考えた。*9

ミケランジェロ : 彫刻家・画家・建築家 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 
『最後の審判』のイエスが、無数に存在するであろうイエス像のなかでも突出して異様な姿をしているのは明らかだろう。なにしろ、イエスだと説明されてもまったくイエスには見えないほど、通常描かれるイエス像からはかけ離れているからだ。
 


 
 イエスをこのように描いたミケランジェロの不可解な意図を読み解くためにトルナイが援用しているのも、オルフェウス教を起源とする、同様の地位や属性をもつ神々を同一視するアレクサンドリア学派の神学理論である。全盛期のプラトン・アカデミーの末弟というミケランジェロのバックボーンを鑑みれば、このような発想をしていても不思議はないというわけだ。
 
 とはいえ、ミケランジェロがほんとうにイエスとアポロンは同一であるという彼の宗教観を表現するために『最後の審判』のイエスをあの姿にしたのかどうかは、けっきょくのところ確認のしようがない。それに対し、『昼』のほうは現在まで正体の判明していない謎の老人像ではあるが、そうであればこそ、他の3体の寓意像との関係を的確に読み解くことができれば、その正体を突き止めることができる可能性は、まだ残されている。
 

オルフェウス教のゼウスとニュクス

 
 メディチ家礼拝堂の『昼』と『夜』のペアがゼウスとニュクスを表しているとすれば、この2神が対になっている理由も、「オルフェウスの神統記」に見出すことができる。
 

 
 北嶋美雪の「オルペウス教――プラトンの宗教思想解明の手掛かりとしての (1)」(1996年)によると、オルフェウス教の神統記では、ニュクスはゼウスに世界の再創造の方法を啓示した神とされている。
 

 ゼウスは自分がなすべき仕事において,「夜」の忠告を求める。「夜」は,ゼウスの世でも最高の知恵と予言の力をもった存在としての彼女の尊厳を何一つ失ってはいない。クロノスを征服し,その地位をゼウスが奪取しなければならないという計画を表明するのは「夜」である。またゼウスは新しい世界の創造のために助けが必要なとき,最も敬意をこめた言葉で呼びかけるのも,「夜」に対してである。*10

 
 ゆえに、オルフェウス教においてニュクスは主神ゼウスに匹敵する地位にある重要な神であり、ゼウスによる世界の統治をサポートする最大のアドバイザーでもあるのだ。この意味で、ゼウスとニュクスはオルフェウス教を代表する神々であり、この2柱の神が一組にされる理由もそこにある。そしてこれこそが、ボードレールとメナールがニュクスを「大いなるニュクス」と呼んだ理由にほかならない。
 
 この神話の典拠に北嶋が挙げている、最も重要なオルフェウス教研究の基本文献であるオットー・ケルン(Otto Kern)の『オルフェウス断片集』(1922年)に収録された断片164と165は、*11アレクサンドリア学派の哲学者プロクロスの『プラトン『ティマイオス』註解』から抜粋されたものである。*12
 


 
 ジャコミアン・プリンス(Jacomien Prins)によると、フィチーノは、彼の『プラトン『ティマイオス』註解』を執筆するにあたり、先行するプロクロスの註解を大いに参考にしている。*13よって、プロクロスの『『ティマイオス』註解』が当時知られていたことはまちがいない。ならば、ポリツィアーノをはじめとする他のプラトン・アカデミーの面々が読んでいた可能性も充分にあるだろう。
 
 以上により、ミケランジェロの『昼』と『夜』が、オルフェウス教のゼウスとニュクスを表していると解釈することは可能だと私は考える。そして、こう解釈することにより、解くことができるようになる謎がもう一つ存在する。それはほかでもなく、あの『昼』の不可解なポーズの謎である。
 

 
 ミケランジェロの『昼』は、左向きに上体をひねって正面に背中を向けて座るという、『夜』に劣らず異様なポーズをしている。『昼』が背中を向けて座っていることには明らかになにか意味があると考えられるが、その理由をうまく説明できた人は、これまで一人もいなかったのではないだろうか。少なくとも、私には「これだ!」と思う説は見つけられなかった。「関連書を10冊も読んでないくせになに言ってんだ」と怒られそうだが(笑)、有力な説があるんだったら後代の解説書でも紹介されていていいはずだ。それがないとなると、やっぱりなかったんじゃないかとしか私には思えない。
 
 ところが、『昼』をゼウスと同一視されたヘリオスに見立てると、なんとこの謎が解けてしまうのだ! 『昼』がヘリオスならば、あのポーズはヘシオドスの『神統記』の一節から取ったものだと解釈することが可能となる。
 

またそこには 暗い夜の子供たちが 居を構えている
すなわち 眠りと 死で 怖るべき神々である。この方がたを
輝く太陽は その光の筋をあてて 照し見ようとはされないのだ
天へと昇るときでも 天から降りてくるときでも。*14

 
 つまり『昼』は、決して『夜』のほうを見ないようにするために全力で身体をひねっているのだ。この解釈を裏づけるかのように、4体の『時の寓意像』のなかで、『夜』にだけタナトスとヒュプノスを象徴するアトリビュートまで付加されているではないか! そうなると、『昼』の奇妙なポーズは、この符合に気づかせるためのヒントのつもりだったのではないかとすら思えてくる。
 
 さらに、ゼウスとしての『昼』についても典拠となったと考えられる神話が存在する。ホメロスの『イリアス』は、うっかりゼウスを眠らせてしまったヒュプノスが、激怒したゼウスから逃れるためにニュクスの館に逃げ込んで事なきを得たという神話を伝えている。ニュクスの機嫌を損ねることを恐れたゼウスは、しぶしぶヒュプノスを許してやったという。*15
 
『昼』と『夜』がこの神話もふまえているとすれば、ミケランジェロはここから「眠り」と「ニュクスを恐れるゼウス」という題材を引き出したと考えられる。ここにも、ゼウスとヘリオスを結びつける奇妙な類縁関係を見出すことができるだろう。
 
 以上をふまえて、もう一度ミケランジェロの『昼』を見てみてほしい。すると、『昼』はコミカルなほどオーバーに『夜』にビビっているように見えてこないだろうか? 私には「うわ、怖っ!」って言っているように見える(笑)。だが、『夜』を起こしてしまったらヤバいので、もちろん声は出せない。『昼』の口もとが肩で隠れているのはきっとそういうことだ。一度そう思って見てしまうと、もうそういうふうにしか見えなくなってしまった(笑)。
 
 ちなみ、『昼』と『曙』の位置関係にも注目すると、またおもしろい見方ができることを発見した。『曙』は彼女から見て右側に顔を向けているが、『昼』はちょうどその視線の先にいるように配置されている。つまり、エオスは悲しげな目ですがるようにゼウスになにかを訴えているように見えるのだ!
 
 この関係を意識して見ると、『昼』は「わ、ワシのせいじゃないわい!」と激しく狼狽しているように見える(笑)。いや、冗談ではなく、ほんとうにそうだったと私は考えている。こう解釈することで、ゼウスは蝉の代わりにティトノスの悲劇を想起させるエオスのアトリビュートだったという見方が可能となる。それにより、『曙』が象徴する「無常への嘆き」という主題もよりわかりやすくなる・・・・・・はずだったのだろう、きっと(笑)。
 
 ミケランジェロがこの手のおふざけをする人だったことは、彼が『最後の審判』に描いた地獄の裁判官ミノスのエピソードによって知られている。ミケランジェロがこの祭壇画を酷評した聖職者をミノスのモデルにしたという、伝記ではおなじみの笑い話である。この話はスタンダールの『イタリア絵画史』(1817年)でも紹介されているので、ボードレールも当然知っている。
 

 教皇が立ち去るや否やミケランジェロは記憶でメセル・ビアジオの肖像を描き、それを地獄のなかのミノスの姿にした。彼の胸はすでに述べたごとく、幾重にも大蛇の恐ろしい尻尾でまきつかれている。儀典長の訴えは非常なものだったが、パウルス三世は次の言葉でそれに答えた。「メセル・ビアジオ、貴殿の承知のとおり、拙者は神より天上および地上における絶対権力をさずかった。しかし、地獄はいかんともなしえぬ。それゆえ、まあ、そこにおれ」と。*16

 
 ミケランジェロもひどいが、教皇パウルス三世も大概だ(笑)。さすがにスタンダールは伏せたのかもしれないが、ミケランジェロは裸体画を非難された報復とばかりに、ミノスの局部に蛇を食いつかせている。「これで隠してやったぞ」というわけだ。(閲覧注意)
 

 
 最低すぎる(笑)。
 
 これに比べれば、『昼』と『夜』のおふざけなどかわいいものだろう。もちろん、あれは決しておふざけなどではなく、先輩詩人たちに捧げられた真摯なオマージュだった可能性も充分にある。
 
 最後に、『昼』がゼウスであると考えると、原語のジョルノ(Giorno)という名前についても別の読み方が可能となる。この名は、牧神パンの名が「すべて」を意味する接頭語と同音であることから、「全宇宙の神」としてゼウスと同一視されるようになったのと同様に、*17「一日(Giorno)のすべてを司る神」という意味で名づけられたのではないかと私は考えている。だとすれば、ギリシャ神話においてそのような神は、やはりゼウスしかいない。
 
 以上のように、『昼』をゼウス=ヘリオスと解釈すると、これまで謎とされてきたことのつじつまがおもしろいほど合うことはまちがいない。無論、ミケランジェロがほんとうにこのとおりの意図をもって『昼』を制作したかどうかは確認しようがないが、このとおりの意図をもって『昼』を制作することが可能だったことの裏づけはこれで充分にできたと私は考える。
 
 問題は、『黄昏』である。
 

ルコント・ド・リールのエスプリ

 
 ギリシャ神話には、夜のニュクスや昼のヘメラや曙のエオスと同様に、黄昏の神も存在する。だが困ったことに、黄昏の神ヘスペリスも、その子供たちであるヘスペリデスも、みんな女神なのだ。
 


 
 ヘリオスの場合とは異なり、彼女たちをほかの神との習合によって『黄昏』に見立てるという解釈は通用しそうにない。ここで『黄昏』に相当する神を探し出そうとする試みは暗礁に乗り上げてしまう。きっと、私以前にも『昼』をアポロンやヘリオスに見立てられないかと考えた人はいたにちがいないが、おそらくその人たちも、この『黄昏』という途方もない難問にぶつかって、その可能性を放棄してしまったのではないかと推察される。
 
 だが、さすがにお手上げかと思われたこのメディチ家礼拝堂最大の謎を解くヒントを、私は思いもよらないところで見つけた。それこそが、前回紹介したルコント・ド・リールがルイ・メナールにつけた「黄昏殿(seigneur Crépuscule)」というあだ名である。*18このあだ名を、ルコント・ド・リールはヘルメスにちなんでつけたというのだ!
 


 
 では、ヘルメスと黄昏にどんな関係があるのだろうか? その答えは、古代ギリシャの水星にまつわる伝承にあった。これにはほんっとに驚いた!
 

古代には,夕方見える水星と明け方見えるものとは別の星と考え,ギリシアでは日の出前に見えるときにはアポロン,日没後に見えるときにはヘルメスと呼んだ。

水星(スイセイ)とは? 意味や使い方 - コトバンク

 
 まさか水星の名の由来から、『黄昏』のモチーフの謎だけでなく、『黄昏』と『昼』が対になる理由まで一気に解けてしまうとは!
 
 とはいえ、まだこれだけですんなり解決とはいかない。『昼』とヘリオスの場合と同様に、通常ヘルメスは若者の姿をしていると考えられているにもかかわらず、『黄昏』は老人の姿をしているという問題があるからだ。
 

 
 だが、ここまで来てしまえば、私たちはこの謎の解き方も、その答えもとっくに知っていることに気づくだろう。そう、『黄昏』の謎は、『昼』とまったく同じやり方で解くことができるのだ! 鍵はやはり、フィチーノのプラトン・アカデミーにあった。
 
 もうおわかりと思うが、私は『黄昏』のモチーフはヘルメス・トリスメギストスであると考えている。ただし、他の寓意像とのバランスから『黄昏』も神像でなければならないだろう。よって、『黄昏』の正体は、伝説の『ヘルメス文書』の著者ではなく、ヘルメスとエジプトの神トートが習合した錬金術の神のほうとなる。
 


 
 ミケランジェロは、ジョバンニ・ディ・ステファノ(Giovanni di Stefano)が1488年に制作したシエナ大聖堂の床のモザイク画によって、ヘルメス・トリスメギストスの容貌を知ったと考えられる。
 


 
 もちろんほかで知った可能性もあるだろうが、確実に見たと言えるのはこのステファノのモザイク画である。なぜならミケランジェロは、1501年から1504年にかけてこの大聖堂にあるピッコロミニ祭壇の4体の聖人像を制作しているからだ。
 


 
 なにより、ミケランジェロ以前にヘルメス・トリスメギストスがキリスト教の宗教画に描かれた前例があったという事実は特筆に値するだろう。そのことも含めて、ステファノのモザイク画がミケランジェロの『黄昏』の着想源となった可能性は充分にある。
 
 とはいえ、ミケランジェロの『黄昏』とステファノのヘルメス・トリスメギストスの顔は、それほど似てはいないことに疑問をもたれる方はいるだろう。確かにそれはそうなのだが、たとえばミケランジェロは、ユリウス二世廟の『モーセ像』を制作した際に、自作のモーセ像を、ボッティチェリがシスティーナ礼拝堂の壁画に描いたモーセに少しも似せようとはしていない。
 


 
 わざわざこんな例を挙げるまでもなく、『最後の審判』のイエスというとんでもない例もある(笑)。よって、ミケランジェロのモチーフの特定には、似ているかどうかはそれほど重要ではない。注目すべきは、必要な特徴をしっかりとらえているかどうかだ。
 
 そこに注目して『黄昏』を見直してみると、『黄昏』は、ヘルメス・トリスメギストスと同様に、謹厳な老賢者の顔つきをしているように見える。少なくとも、頭が悪そうにも、ボケていそうにも見えない。全裸にされてはいるものの、イエスのようにヒゲを剃られてもいない(笑)。よって、ミケランジェロの『黄昏』とステファノのモザイク画のあいだには、同定の邪魔になるほどの顕著な差異はないと私は考える。
 
 ヘルメス・トリスメギストスの『ヘルメス文書』のラテン語訳は、フィチーノの最初期の訳業であり、*19プラトン・アカデミーの黎明期を象徴する重要な書物である。ここからも、ヘルメス・トリスメギストスがゼウス=フォイボスとニュクスと並んで『時の寓意像』の一角をなすことの必然性を説明しうるだろう。つまり、メディチ家礼拝堂には、アレクサンドリア学派の古代神学を代表する神々が勢ぞろいしているのだ。
 
『黄昏』がヘルメスならば、『曙』とペアにされている理由も説明がつく。ある伝承では、ヘルメス(メルクリウス)はヘメラ(ディエス)の息子とされているからだ。これは傍流の説なのかもしれないが、キケロが『神々の本性について』に集めた神話のなかに含まれているので、*20古典学者でもあったポリツィアーノなら知っていてもおかしくはない。
 
 そうなると、『黄昏』と『曙』の見え方も変わってくる。この2体の彫像は、嘆き悲しむ『曙』を『黄昏』が気遣っているという見方ができると思うが、これは年長の老神が若輩の女神をなだめているのではなく、息子が母親に「元気出してくれよ、母ちゃん」と言っているシーンだということになるだろう(笑)。
 
 ちなみに、『昼』と『夜』のほうも、『昼』をアポロン、『夜』をレダ=レトに見立てれば親子と解釈することが可能だ。ここにも、この2対の彫像の対称性を見出すことができる。ということは、4体の『時の寓意像』は、想像以上に巧妙に構築されたパズルだったことになる。
 


 
 そして驚くべきことに、この見た目の年齢が逆転した母子というモチーフについても、『サン・ピエトロのピエタ』という超有名な前例が存在するのだ!
 

 
 私が『黄昏』をヘルメス・トリスメギストスと解釈する根拠は以上である。『昼』の場合と同様に、当時の時代背景と教育を受けた環境から、ミケランジェロがこのとおりの意図をもって『黄昏』を制作することが可能であったのはまちがいない。
 
 この最後の謎を解くことができたのは、すべて若きルコント・ド・リールのエスプリのおかげである。ここにそのことを明記し、心からの感謝と敬意を捧げる。
 

ロレンツォ・イル・マニフィコの思い出

 
 最後の『黄昏』の謎が解けて、ようやくすべての寓意像の正体が出そろった。改めて私の『時の寓意像』の解釈をまとめておこう。
 

  • 『昼』   ゼウス=フォイボス

 

  • 『夜』   ニュクス=レト

 

  • 『曙』   エオス=ヘメラ

 

  • 『黄昏』  ヘルメス・トリスメギストス

 
 こうしてまとめてみると、この4柱の共通点もわかりやすくなる。その共通点とは、この4柱はいずれも冥界に関係する神だということだ。ニュクスとヘメラの住む館はタルタロスの最下層にあり、ヘルメスは冥界の王ハデスと女王ペルセフォネの伝令である。そして、『サトゥルナリア』のオルフェウスの詩句によれば、ゼウスとハデスは同一の神であるとされている。つまり、この4柱のチョイスには全体としても統一性が認められるのだ。
 
 モチーフの統一性については、もう一つ発見があった。通説では、『夜』のポーズは古代ローマ時代の石棺に彫られた「レダと白鳥」のレリーフから取られたとされているが、*21『昼』がゼウスならば、それも同じレリーフの白鳥に化身したゼウスが着想源だった可能性が出てくる。ということは、『昼』と『夜』もまた、ミケランジェロ版の「レダと白鳥」だった可能性があるのだ! 考えることがボードレールといっしょだ(笑)。
 
 ここでやっと冒頭の問いに合流することができる。すなわち、メディチ家礼拝堂に集められた異教の神々は、なにを意味しているのか? とりわけ、ボードレールがそう見立てたように、ジュリアーノ公の足もとの『昼』と『夜』に、背教者ユリアヌスの王ヘリオスとマグナ・マーテルを暗示する意図はあったのか? あったとすれば、ミケランジェロがそうした理由はなんだろうか?
 
 後者の、『昼』と『夜』をユリアヌスの王ヘリオスとマグナ・マーテルに見立てた可能性については、少なくとも、そう解釈しうる可能性をミケランジェロが自覚していなかったはずはないと私は考えている。
 
 プラトン・アカデミーでユリアヌスの著書が研究されていた証拠は見つけられなかったものの、アカデミーがアレクサンドリア学派の研究を継承するにあたり、イアンブリコスからプロクロスにいたる系譜のあいだに位置する、背教者ユリアヌスをどう評価するかという大問題がまったく議論されなかったとは考えにくい。最後のキリスト教の敵の思想とアカデミーの研究の線引きを図るためにも、ユリアヌス帝はどうしても避けては通れない壁だったはずだ。
 
 プラトン・アカデミーのメンバーがユリアヌス帝を知っていたことについては、裏づけが取れている。中西恭子の『ユリアヌスの信仰世界――万華鏡のなかの哲人皇帝』(2016年)によると、ほかならぬロレンツォ・イル・マニフィコが、ユリアヌス帝の真摯な人柄に感銘を受けたという逸話があるそうだ。*22このユリアヌスという人物に対する評価が、自身が参加するプラトン神学の研究に影響を与えなかったはずはない。ユリアヌスこそ、プラトンの哲人統治の理想をみずから実践しようとした最後のローマ皇帝だからだ。
 
 以上により、ユリアヌス帝がみずからの神学の中核に王ヘリオスとマグナ・マーテルを置いていたこと、この2神の起源をたどればオルフェウス教のゼウスとニュクスにその原型を見出せることは、プラトン・アカデミーの参加者たちは当然知っていただろうと私は考える。どこまで深く研究されていたかはわからないにせよ、少なくとも、私がここで紹介している概要程度の知識すら共有されていなかったとは考えにくい。だが、それだけあれば『昼』と『夜』のアイディアを生み出すには充分なはずだ。
 
 ロレンツォの館に寄宿していた少年ミケランジェロは、そうしたユリアヌス帝の物語をロレンツォから直接聞いたことがあったのかもしれない。この可能性を考慮に入れると、ミケランジェロがメディチ家に迎合していた動かぬ証拠とされる例の悪名高い詩も、またちがった読み方ができるようになる。
 

昼と夜はこう語り合う――我々はわれらの迅速
な歩みによってジュリアーノ公を死に至らしめ
てしまった
だから今彼が復讐するのも道理なのだ
復讐とはこうしたもの
我々が彼を死なせてしまったのだから
今度は死んだ彼が我々から光を奪いもはや地上
の輝きを享受できぬよう我々の眼を閉じたのだ
もし彼が生きていれば,
どれほどの輝きをもたらしたことだろうか*23

 
 この詩には、ジュリアーノ公と同様に30代で死んだユリアヌス帝の生涯が掛けられているのではないか? というより、この詩はユリアヌス帝の伝記を下敷きにして詠まれたものだったのではないか? というのも、昼と夜の「迅速な歩みによって早死にさせてしまった」という悔恨も、「彼が生きていればどれほどの輝きをもたらしただろう」という悲嘆も、ジュリアーノとユリアヌスのどちらにも当てはめて読むことができるからだ。
 
 つまりこの詩は、元ネタがわかってはじめて真価を発揮するタイプの作品だったのだ。そうならば、この詩に登場する「昼と夜」も、王ヘリオスとマグナ・マーテルをふまえたものだった可能性がある。ジュリアーノと『昼』と『夜』という組み合わせになにか理由があるとすれば、それしか考えられない。ましてや、ミケランジェロにユリアヌスの宗教思想の予備知識があったとすれば、それを意識せずにこの詩を書くことは不可能だったにちがいない。
 
 では、ヌムール公ジュリアーノ側の神像をユリアヌス帝の神学を暗示する組み合わせにした理由はなんだろうか? 言うまでもなく『昼』と『夜』は、ジュリアーノ、すなわちメディチ家のユリアヌスと背教者ユリアヌスをオーバーラップさせるための仕掛けと見てまちがいない。だとすれば、ミケランジェロはなぜそんなことをしたのか?
 
 ボードレールがダンテに倣って見立てたように、メディチ家礼拝堂の異教の彫像群が、大いなるバビロンの堕落した偶像崇拝を告発することを密かに狙っていた可能性はあるかというと、さすがにそれはないと私は考えている。ダンテの愛読者だったミケランジェロがそのような批判を受けうることを意識していた可能性はゼロではないが、それを密かにみずからの作品に織り込み、メディチ家を騙し討ちする手段にしたとまでは考えにくい。そもそも偶像崇拝批判は、彫刻家であり画家でもある自身を否定することにもなる。
 
 ならば、ほかにどんな解釈が可能だろうか? ここで考慮すべきは、ボードレール好みのイロニーや風刺ではなく、キリスト教の礼拝堂という建物のコンセプトと矛盾しない解釈の可能性である。そして、実際にそのような解釈は可能だと私は考える。
 
 メディチ家礼拝堂の2体の公爵像は、カピターノ像という別名でも呼ばれているとおり、ローマ教皇軍総大将の出で立ちをしている。*24この点に注目して全体を見直すと、二人のカピターノは、自身の足もとにいる異教の神々をその支配下に置いているように見える。すなわち、ローマ教会が異教の神々に勝利したことを表す構図になっているのだ。ジュリアーノ公側については、言わばメディチ家のユリアヌスが背教者ユリアヌスの神々を従える構図になっているというわけである。
 
 そして二人のカピターノ像は、礼拝堂中央に位置する聖母子像に視線を向け、忠誠を示している。つまり、メディチ家礼拝堂の彫像群は、全体として見れば、異教の神々に対するキリスト教の勝利を表していると解釈することができるのだ。これならバレても問題ないのはもちろんだが、だとすれば、今度は逆にミケランジェロに秘密にする意図があったかどうかが問題になるだろう。
 
 この解釈は、プラトン・アカデミーのコンセプトとも合致する。プラトン・アカデミーは、古代の異教を復活させることを目的に設立されたのではなく、その研究は、あくまでキリスト教の神学を補完し、発展させることを目的としていたからだ。この意味で、メディチ家礼拝堂の彫像群はプラトン・アカデミーの理念を正しく反映していると言えよう。
 
 最後に想起しておきたいのは、メディチ家礼拝堂にはロレンツォ・イル・マニフィコの墓があるという事実である。1492年の大ロレンツォの死のわずか2年後にフィレンツェを追放されたメディチ家をミケランジェロは早々に見限り、その後メディチ家がフィレンツェの支配者に返り咲いても、共和派を支持していたミケランジェロは、彼らのために仕事をすることを内心苦々しく思っていたと考えられている。
 

 彼は、クレメンス七世の即位後も、レオ十世のときと同じように、このメディチ家出身の教皇に雇われ続けることになる。晩年になって述懐するように、「やむをえずのこと」ではあったが、いまや三人目の教皇に仕える身になったのである。彼は完全に諦めの境地になったように思え、大理石の仕事や、ラウレンツィアーナ図書館のような設計の仕事、そして家族のための官職の世話に明け暮れた。*25

 
 礼拝堂建設の最初の依頼主であるメディチ家出身の教皇レオ十世とは不仲であったし、*26レオ十世から建設計画を引き継いだ二人目のメディチ家の教皇クレメンス七世とは、1527年にメディチ家がフィレンツェから再度追放されると、ミケランジェロは反メディチの共和派政府に与して正面から敵対することになる。
 
 そんなミケランジェロが、メディチ家のための不本意な仕事の唯一のモチベーションにできたのが、恩人である亡きロレンツォ豪華王への敬慕だったのではないだろうか。
 

 
 そのことを証明するかのように、メディチ家礼拝堂にはプラトン・アカデミーの精華が申し分なく発揮されている。これまで謎とされてきた『時の寓意像』ならぬ異教の神像は、ロレンツォ・イル・マニフィコの思い出に捧げられたモニュメントであったのだ。
 
 最後の最後に、ボードレールとミケランジェロに話を戻そう。「理想」完全解読のまとめのために残しておいたとっておきのエピソードがある。
 

ミケランジェロと『夜』

 
 ミケランジェロの伝記のなかで、『悪の華』を読み解くために最も重要なエピソードは、ミケランジェロが教皇クレメンス七世に叛旗を翻して戦ったフィレンツェ包囲戦である。
 
 この逸話も、ボードレールはスタンダールの『イタリア絵画史』によって知ったと考えられる。フィレンツェ共和国の築城委員長兼総監督としてローマ教皇軍と戦ったミケランジェロは、*271530年に共和国が降伏すると、クレメンス七世にメディチ家礼拝堂の完成を条件に赦免された。
 

 この偽善的な王者は彫刻にたいして趣味があった。彼はローマから書を送っていった、もしブオナロッティを見つけだし、そのうえ彼がサン-ロレンツォの墓を完了することを約束するなら、許してやれと。ミケランジェロは、隠遁生活にあきて、サン-ニコロ-オルトレ-アルノの鐘楼からおりてきて、脅迫の刃にせきたてられて、二、三カ月のうちにサン-ロレンツォの彫像を作った。*28

 
 つまり、メディチ家礼拝堂の彫像群は、多くの同胞を死に追いやった憎き仇敵のために制作することを余儀なくされた作品だったのである。この残酷な歴史の悲劇は、図らずもメディチ家礼拝堂を、共和主義者ミケランジェロの破れた夢の慰霊碑に変えている。それこそが、礼拝堂を支配する沈痛なペシミズムの正体にほかならない。
 
 こうした歴史をボードレールが意識していた証拠を、詩篇8「魂を売るミューズ」と詩篇18「理想」のあいだのリンクに見出すことができる。
 

でなければ、飲まず食わずで大道芸人をやり、
俗衆の脾臓を満開にして笑わせてやるために、
男の好餌や、見えない泪で濡れた愛想笑いを晒すかさ。

ボードレール『悪の華』韻文訳――008「魂を売るミューズ(1861年版)」 - 平岡公彦のボードレール翻訳ノート

Ou, saltimbanque à jeun, étaler tes appas
Et ton rire trempé de pleurs qu’on ne voit pas,
Pour faire épanouir la rate du vulgaire.

Les Fleurs du mal (1861)/La Muse vénale - Wikisource

 
 詩人が「わが心のミューズ(muse de mon cœur)」と呼びかけるこの悲しい大道芸人の女が俗衆に晒す「男の好餌(appas)」が、「理想」第4連においてミケランジェロの『夜』の媚態を表す語として使用されていることは、無論偶然ではない。*29この「appas」は、両者のオーバーラップを喚起するためのサインなのだ。そして言うまでもなく、『夜』の「appas」とは、凌辱されたミケランジェロの魂の象徴以外のなにものでもない。この意味で、「理想」第4連の『夜』とは、ミケランジェロその人にほかならないのだ。
 
 この理想の世の夢を打ち砕かれてうなだれる『夜』には、1852年3月5日付けのナルシス・アンセル宛ての手紙で表明された政治活動との訣別へとつながる、ボードレール自身のフランス政治への失望が投影されていると見てまちがいない。
 

 ――投票の際私をお見かけにならなかった。私としては決意の上のことなのです。十二月二日が、私を肉体的に非政治化しました。もう一般的な観念などというものはないのです。パリ有名人社会がオルレアン党であることは事実ですが、私のかかわり知るところではありません。私が投票したとすれば、自分にしか投票できなかったでしょう。事によると未来は、落伍した人間のものとなるのではないでしょうか?*30

 
 ボードレールをはじめ、パリの文人たちを熱狂させた1848年の2月革命は、その4か月後に発生した6月蜂起が凄惨な武力鎮圧に終わったことにより一気に失望へと転じた。その後、共和国政府の大統領に就任していたルイ・ナポレオンが1851年12月2日に引き起こしたクーデターにより、19世紀フランスにふたたび吹き荒れた革命の季節は終わりを告げるのである。
 


 
 当時ボードレールがどの程度真剣に社会改革を希求していたかは諸説あるところだが、「またも一人のボナパルトとは! 何たる恥辱!」*31と「赤裸の心」に書きつけているとおり、彼がルイ・ナポレオンのクーデターに心底憤慨していたのはまちがいない。だが、詩人が見るところでは、皇帝ナポレオン三世の浴する栄光とは、「一個の精神が国民の愚かさに適応したことの結果」*32にすぎないのだ。「魂を売るミューズ」は、そんな唾棄すべき連中の支配する世界で詩作を続けねばならない詩人の悲惨さを詠った詩なのである。
 

 
 かくして、「魂を売るミューズ」のミユーズと「理想」のミケランジェロの『夜』を結ぶ皮肉なアナロジーが理解可能となる。私自身も含め、この仕掛けに気づいた人はこれまで一人もいなかったが、このアナロジーは、これを読み取れないと「魂を売るミューズ」も「理想」も真に理解したことにはならないと言えるほど重要なものだと私は考える。
 
 なにより、これがわかるまえとわかったあとでは、二つの詩から受ける印象が劇変するはずだ。まさにこれこそが、『悪の華』の「秘密の建築」のおもしろさにほかならない。
 
 これでようやく「理想」の完全解読は終了である。「謎を解く3」からスタートと考えると、もう1年以上は読んでいたことになる。分量も、毎回コントロールが利かず延々と長くなってしまったので、全部合わせると本1冊分くらいにはなると思う。よく途中で投げ出さなかったと自分をほめてやりたい(笑)。
 
 最後まで読んでくださった読者の方は、ほんとうにお疲れさまでした。なるべくはやく『悪の華』の韻文訳を再開したいとは思っているが、気長に待っていてほしい。
 
 

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参考論文

  • 中江彬「メディチ家礼拝堂の「時の四寓意像」と宇宙論」,『人文学論集』5,大阪府立大学人文学会,1987年(大阪公立大学学術情報リポジトリ)
  • 北嶋美雪「オルペウス教――プラトンの宗教思想解明の手掛かりとしての (1)」,『研究年報』42,學習院大學文學部,1996年(学習院大学学術成果リポジトリ)
  • 北嶋美雪「オルペウス教――プラトンの宗教思想解明の手掛かりとしての (2)」,『研究年報』43,學習院大學文學部,1997年(学習院大学学術成果リポジトリ)
  • 佐々木稔「ボードレールと二月革命後の社会主義――詩篇「驕慢の罰」の思想的射程」,『名古屋大学文学部研究論集 文学』63,名古屋大学文学部,2017年(名古屋大学学術機関リポジトリ)
  • 佐々木稔「共和主義から摂理へ――『パリ評論』2篇の思想的背景」,『日本フランス語フランス文学会中部支部研究論集』42,日本フランス語フランス文学会中部支部,2018年(J-STAGE)
  • Jacomien Prins, “ ‘Not for Irrational Pleasure’: Music in Marsilio Ficino’s Timaeus Commentary ”, The Legacy of Plato's Timaeus: Cosmology, Music, Medicine, and Architecture from Antiquity to the Seventeenth Century, Brill, 2024(Utrecht University Repository)

 

参考文献

ユリアヌスの信仰世界

ユリアヌスの信仰世界

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*1:« Il m'est doux de dormir; plus doux encore d'être de marbre, dans ces temps de malheurs et d'opprobre. Ne rien voir, ne rien sentir est un bonheur pour moi : ne m'éveille donc point; parle bas. », Michel-Ange, Poésies de Michel-Ange Buonarroti: peintre, sculpteur et architecte florentin, trad. M. A. Varcollier, Hesse et Cie, 1826, p.279(Gallica)

*2:エドガー・ウィント『ルネサンスの異教秘儀』田中英道/藤田博/加藤雅之訳,晶文社,1986年,p.139

*3:ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳,岩波文庫,1984年,pp.94-95

*4:木下長宏『ミケランジェロ』中公新書,2013年,p.38

*5:「同じ邸内にポリツィアーノがいた。これはみなも承知の作品で十分に証拠立てられている篤学聡明の人である。この人はミケランジェロのきわめて高い精神を認めて深くかれを愛し、そして絶えず――かれにとっては必要でもなかったが――かれの仕事を激励した。しじゅう説明してやったり、作る材料を提供したりしていた」,アスカニオ・コンディヴィ『ミケランジェロ伝――付・ミケランジェロの詩と手紙』高田博厚訳,岩崎美術社,1978年,p.34

*6:沓掛良彦『オルフェウス変幻――ヨーロッパ文学にみる変容と変遷』京都大学学術出版会,2021年,p.343

*7:同前,p.177

*8:Macrobe, Oeuvres de Macrobe, t. 1, trad. Ch. de Rosoy, Firmin Didot, 1827, p.385(Internet Archive)

*9:シャルル・ド・トルナイ『ミケランジェロ――彫刻家・画家・建築家』田中英道訳,岩波書店,1978年,p.64(国立国会図書館デジタルコレクション)

*10:北嶋美雪「オルペウス教――プラトンの宗教思想解明の手掛かりとしての (1)」,『研究年報』42,學習院大學文學部,1996年,p.14(学習院大学学術成果リポジトリ)

*11:同前,p.14

*12:Otto Kern, Orphicorum fragmenta, apud Weidmannos, 1922, p.198(Internet Archive)

*13:“ In Ficino’s view of moral and religious practices, prayers play an important role. In this part of his Timaeus commentary, he closely follows Proclus and Porphyry, who argued that by means of religious exercises human beings could convert their souls and connect to higher cosmic powers: ”, Jacomien Prins, “ ‘Not for Irrational Pleasure’: Music in Marsilio Ficino’s Timaeus Commentary ”, The Legacy of Plato's Timaeus: Cosmology, Music, Medicine, and Architecture from Antiquity to the Seventeenth Century, Brill, 2024, p.312(Utrecht University Repository)

*14:『神統記』,p.96

*15:「わたしは「夜」の許へ逃げ込んで救いを求め、ゼウスも腹は立てながらも思い止まって下さった、足早の「夜」に不快な思いをさせることはさすがに憚られたのです」,ホメロス『イリアス』下,松平千秋訳,岩波文庫,1992年,p.63

*16:スタンダール『イタリア絵画史』吉川逸治訳,『スタンダール全集』9,人文書院,1978年新装版,p.376

*17:「オルペウス教(1)」,p.11

*18:« Leconte de Lisle, ironique d'abord, appelait Ménard le « seigneur Crépuscule », par allusion à son explication du mythe d'Hermès; », Philippe Berthelot, Louis Ménard et son œuvre, Félix Juven, 1902, p.12(Internet Archive)

*19:伊藤博明『ルネサンスの神秘思想』講談社学術文庫,2012年,pp.376-377

*20:「第一のメルクリウスは、カエルス(天)を父、ディエース(昼)を母として生まれた」,キケロー『神々の本性について』山下太郎訳,『キケロー選集』11,岩波書店,2000年,p.236

*21:『ルネサンスの異教秘儀』,pp.130-131

*22:「ロレンツォ・デ・メディチはアンミアーヌス・マルケリーヌスを通して知ったユリアヌスの真摯な人となりに感銘を受けた」,中西恭子『ユリアヌスの信仰世界――万華鏡のなかの哲人皇帝』慶應義塾大学出版会,2016年,p.32

*23:ヴァレリオ・グァツォーニ『彫刻家ミケランジェロ』森田義之/大宮伸介訳,岩崎美術社,1992年,p.139

*24:同前,p.136

*25:ジョルジョ・スピーニ『ミケランジェロと政治――メディチに抵抗した《市民=芸術家》』森田義之/松本典昭訳,刀水書房,2003年,p.76

*26:「レオは気難しいミケランジェロのことを「あれは楽しめない男だ」「あの男とはうまくやっていけぬ」と言うのが口ぐせだったという」,森田義之『メディチ家』講談社現代新書,1999年,p.238

*27:『ミケランジェロと政治』,p.84

*28:『イタリア絵画史』,p.351

*29:Charles Baudelaire, Œuvres complètes, t. I, éd. Claude Pichois, Gallimard, « Bibliothèque de la Pléiade », 1975, p.22

*30:ボードレール「書簡(抄)」阿部良雄訳,『ボードレール全集』Ⅵ,筑摩書房,1993年,p.219

*31:ボードレール「赤裸の心」阿部良雄訳,『ボードレール全集』Ⅵ,筑摩書房,1993年,p.44

*32:同前,p.61

ボードレールとミケランジェロ(上)――ボードレールのフォイボス

 ハインリヒ・ハイネの『ロマン派』に着想を得て、「理想」第4連にダンテの『神曲』のオマージュを仕掛けるにあたり、ボードレールは、「煉獄篇」第32歌で大淫婦バビロンと対をなしていた巨人をティタンに置き換えている。
 


韻 文 訳
悪 の 華
シャルル・ボードレール
平岡公彦訳


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2026.4.11 「病を得るミューズ」を全面改訳しました。(新着)
2026.1.24 「灯台」を一部改訳しました。

 
 これは、同じく大淫婦バビロンの置き換えであるニュクスと合わせるための変更だったと考えられるが、このティタンがなにを象徴しているかについてもボードレール研究者のあいだで長きにわたって論争が続いており、現在も意見の一致を見ていない。

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ボードレール『悪の華』韻文訳――018「理想(1861年版)」完全解読(下)

『悪の華』1857年版において、詩篇17「美」と詩篇18「理想」と詩篇19「女巨人」の3作は、大淫婦バビロン三部作を構成していた。1861年刊行の第2版ではさらに詩篇20「仮面」と詩篇21「美への讃歌」が追加されて五部作となるのだが、影の主役がこのキリスト教の最大の敵である点は、新たに加わった2作にも共通している。
 


韻 文 訳
悪 の 華
シャルル・ボードレール
平岡公彦訳


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2026.4.11 「病を得るミューズ」を全面改訳しました。(新着)
2026.1.24 「灯台」を一部改訳しました。

 
「美」と「女巨人」には、詩篇番号と『ヨハネの黙示録』の大淫婦が登場する章の番号の一致くらいしかヒントがなかったため、初版の3作がバビロン三部作であることを暗示するヒントのほとんどは「理想」に集中している。前回解説したとおり、「理想」に選りすぐりの「汚れた鳥」と「悪霊ども」が集められているのはそのためだ。

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ボードレール『悪の華』韻文訳――018「理想(1861年版)」完全解読(上)

理想(1861年版)

シャルル・ボードレール/平岡公彦訳
 
 
それは決してあんな挿絵のカットの美女たちなどではない。
益体もない世紀の生んだ、あんな傷物の製品では。
あんな編上靴履きの足や、カスタネットつきの指でもない。
私のもっているような心を満足させられるものは。
 
施療院行きの美女たちの囀る群れのことならもう、
萎黄病好きの詩人、ガヴァルニにでも任せておくとしよう。
なぜなら、あんな蒼ざめた薔薇たちのあいだから、
私の理想の赤と同種の花など見つけられはしないのだから。
 
淵獄のような深さのこの心に必要なもの、
それは御身たちだ。マクベス夫人、重罪向きの力強き魂と、
オータンの風の吹く風土で孵化したアイスキュロスの夢よ。
 
もしくは御身だ。大いなるノクス、ミケランジェロの娘の、
ティタンの口向けに仕上げられた好餌を、
異様なポーズで安らかによじらせる者よ!
 
 

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『悪の華』の謎を解く3――ハイデガーの郷愁とノヴァーリスの夜

 ――そりゃそうかも知れないが!……一枚のタブローの詩とは、見る者によって作られなければならないものなのだ。
 ――一詩篇の哲学が読者によって作られなければならぬように、というわけだね。――その通り、まさにそうなんだ。

――ボードレール「L・ド・セヌヴィル著『解放されたプロメーテウス』書評」*1

 
 ボードレールがノヴァーリスを知っていたのはまちがいない。
 


韻 文 訳
悪 の 華
シャルル・ボードレール
平岡公彦訳


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2026.1.24 「灯台」を一部改訳しました。(新着)


 
 ボードレールが遺したテクストのなかにその名を見つけることはできないものの、彼がロマン主義論を執筆するにあたって影響を受けたと考えられている書物で、ノヴァーリスはドイツロマン派を代表する詩人として紹介されているからだ。

*1:ボードレール「L・ド・セヌヴィル著『解放されたプロメーテウス』書評」阿部良雄訳,『ボードレール全集』Ⅱ,筑摩書房,1984年,p.7

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