なんのためにブログを続けるのか。そう自問するとき、いつも読み返したくなる本がある。梅田望夫氏の『ウェブ時代をゆく――いかに働き、いかに学ぶか』(ちくま新書)である。
ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
- 作者: 梅田望夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2007/11/06
- メディア: 新書
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そのなかで梅田氏は、読者に一つの大きなプロジェクトを託している。
「学習の高速道路」を構築するための道具立てはもうすべて用意されているのだ。日本語圏のネット空間を知的に豊穣なものにしていけるかどうかは、日本語圏に生きる私たち一人ひとりの意志にかかっている。ネット上の知の可能性を過小評価して何もしなければ、十年後の英語圏ネット空間と日本語圏ネット空間の間には、取り返しがつかないほどの格差が広がっていることだろう。そのことについて、ここで警鐘を鳴らしておきたいと思う。*2
Web 2.0ブームは終わったと言われて久しい。だが、それは本書や『ウェブ進化論』(ちくま新書)が展望して見せたウェブ進化がもはや不可能になったということを意味しない。Web 2.0とは状況に付けられた呼び名であり、それを作り上げたネット上のサービスはすべていまでも利用可能である。そして言うまでもなく、それらは現在も日々進化を続けている。だから私たちは、いつでも「学習の高速道路」を構築するための道具立てを利用して、知の公共圏の構築に参加することができる。
たとえば、あるブロガーが自分のブログに公開した書評は、それを読んだ人がその本を買うかどうかを決めるときの参考になるかもしれないし、すでにその本を読み終えた人であれば、その書評のおかげで自分ではよく理解できなかった箇所を理解できるようになったり、見落としていた重要な箇所に気づいたりするかもしれない。もちろん、すべての書評がそのような有益なものとは限らないが、無数の情報のなかから有益な書評を探し当てるプロセスも含めて、ネットは私たちにリテラシーをトレーニングする場を提供し続けている。大切なのは、私たちの学ぼうとする意志だ。
梅田氏が総表現社会と呼んだ状況は、『池田信夫 blog』の池田信夫氏が指摘するように、かつてマルクスが『ドイツ・イデオロギー』において描いた共産主義の理想の一部を体現している。
たとえばあなたが会社から帰ってきてブログを書くとき、それはあなたにとっては遊びだが、読者にとっては意味のあるサービスになりうる。ここでは労働=受苦と消費=快楽という二分法はなくなり、労働が生活の手段ではなく目的になるという『ドイツ・イデオロギー』の夢想が、ある意味で実現するわけだ。
池田信夫 blog : マルクスとソーシャルメディア
望むと望まざるとにかかわらず、ブログは孤独な読書家をマルクス主義者にする。そこで彼ら彼女らの書く記事は、つねに志向性を同じくする同志たちへの呼びかけとなるだろう。それはマルクスの言う個人の社会的生命の発現であり、証明である。
なによりも避けなければならないのは、「社会」を抽象体ととらえて個人と対立させることだ。個人は社会的存在なのだ。だから、個人の生命の発現は、他人とともになされる共同の生命の発現という形を直接に取ってはいなくても、社会的生命の発現であり証明である。人間の個人的生活と類的生活は別々のものではない。*3
総表現社会に参加するには、プロレタリアはただひたすら「好きを貫く」だけでいい。それこそが「志向性の共同体」を生み出す原動力となるのだ。とはいえ、この「好き」は中途半端なものでは意味がない。それには楽しみながらみずからを鍛え上げる強度がなければならないと梅田氏は言う。
一つの専門を極めることは、とにかく長い長い終わりのない道のりである。「成功のゴール」のようなものを描き、そこにいたるプロセスは「苦難の道」なんて思っていては途中で挫折してしまう。手探りで困難に立ち向かうマドルスルー(泥の中を通り抜ける)のプロセス自体を、心が楽しんでいなければならない。「できるから」ではなく「好きだから」でなくては長続きしない。だからこそ、対象をどれだけ愛せるか、どれだけ「好き」なのかという「好きということのすさまじさ」の度合いが競争力の源泉になる。*4
私は哲学が好きである。おそれ多くてまだ哲学者を名乗る勇気はないが、そんな私でも、大学を卒業し、就職したあとも独学で勉強を続けてきたおかげで、尊敬し、目標とする哲学者に出会い、その哲学者とブログをつうじて対話することができた。さらには、ブログを続けていたおかげで、高校生の頃から憧れ続けた、私にとって神にも等しいアーティストに私の書いたレビューを目に留めていただくことまで叶ってしまった。それらはすべて、Web 2.0という状況がなければ私の人生には決して起こるはずのなかった奇跡である。
そしてネットは、一人のブロガーであるという以外には何者でもないプロレタリアートが、みずからの志向性だけを武器にどこまで戦えるかを試す実験場でもある。その先頭に立ち、昨年第1回BLOGOS AWARD 2011において大賞を受賞した『Chikirinの日記』のちきりん氏の存在は、私たちを勇気づけてくれる。
そんな私にとって、昨日の大賞受賞はひとつの区切りになるものでした。ペンネームが意味不明なひらがな4文字でも、お面がエレファントマンそっくりでも!、「何を言っているか」という点だけで、とりあえずここまでは認めてもらえるのだと示せたことは、本当にほっとすることです。
2011-12-06
特に受賞理由の中で「ロールモデル」という言葉を頂いたことをしみじみ嬉しく思っています。これから「自分の意見を世に問いたい!」と思う多くの方が、「ちきりんにできたのだから、オレにできないはずがない!」と思って下さったら、心から嬉しく思います。
あえて職業も身分も捨て去った匿名のブロガーが、純粋にみずからの発する言葉の質だけで勝負する世界。このような場において、私たちはむしろ、進んで匿名であることを選ぶべきではないだろうか。それは、中身とは無関係の権威によってみずからの言葉の値打ちを水増ししようとする姑息な態度と縁を切ることの宣言である。そうすることによってはじめて、一から新しく信頼を構築する実験をはじめることができるようになる。そしてそれは、挑戦する価値のある実験である。
だが、『琥珀色の戯言』のfujipon氏の言うように、ブログというメディアが現在衰退しつつあることは否定しようのない事実である。
5年前くらいのブログ黎明期には、一般の雑誌にも「あなたもブログをつくって、友達作り! お金も稼げるかも!」というような記事がたくさん載っていたのですが、いまでは、「個人ブログ」を薦める声はかなり小さくなり、『mixi』などのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)や『twitter』が「個人がネット上に発信する機会」の主役となりつつあります。
2011-01-05
Twitterをはじめたブロガーのブログの多くが悲惨なありさまとなっているなか、fujipon氏は変わらぬペースでブログの更新を続けている貴重なブロガーの一人である。これだけ普及しているにもかかわらず、私がTwitterを利用する気になれないのは、ただでさえ遅筆で更新が滞りがちな私がそんなものをはじめてしまえば、たちまち私のブログも墓場の仲間入りをしてしまいそうだからだ。
『内田樹の研究室』の内田樹氏もまたブログとTwitterを併用しているブロガーだが、内田氏は、ブログに比べ、Twitterはアイディアをまとめるのに向いていないと述べている。
Twitterには「つぶやき」を、ブログには「演説」を、というふうになんとなく使い分けをしてきたが、二年ほどやってわかったことは、Twitterに書き付けたアイディアもそのあとブログにまとめておかないと、再利用がむずかしいということである。
ツイッターとブログの違いについて - 内田樹の研究室
これは読者として見ているだけの私にも実感できることである。Twitterであるときだれかが印象に残ることをつぶやいていたことをふと思い出して、それをもう一度読みたいと思っても、記憶を頼りにそれを探し出すのにはたいへんな手間がかかる。そしてその煩わしさが、ツイートをストックとして活用することを阻んでいる。Twitterには、リアルタイムで状況にコミットし、ときにはそれを作り出すという大事な機能があるが、落ち着いて自分の考えをまとめたり、まとまった考えを人に伝えたりすることには向かない。
ブログは、個々の記事の内容も大切だが、それまでに書いてきた記事の履歴もまた重要な意味をもつ。それは、ブロガーであるということ以外にいかなる属性ももたない匿名ブロガーが、読者とのあいだに信頼関係を築くための「信用創造装置」である。そしてなにより、ブログはブロガー自身の成長の記録でもある。それをふり返ってみたとき、みずからが続けてきた知的生産の蓄積は、書き手自身にささやかな満足と自信を与えてくれるだろう。
最後に、もう一度梅田望夫氏の言葉を引こう。
「もうひとつの地球」を健全に進化・発展させていくためには、より良く生きることへの意欲を持ち何らかの分野で秀でた人が、「パブリックな意識」を強く持ってそこに関与していくことである。*5
繰り返すが、この壮大なプロジェクトに私たちはいつでも貢献することができる。それに個人ブログが果たしうる役割はいくらでもある。そのために、私はより「見晴らしのいい場所」に行こうと思う。それが私がはてなを選んだ理由である。
参考文献
- 作者: 梅田望夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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- 作者: マルクス,エンゲルス,廣松渉,小林昌人
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2002/10/16
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- 作者: マルクス,長谷川宏
- 出版社/メーカー: 光文社
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- 作者: ジルドゥルーズ,Gilles Deleuze,宇野邦一
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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