平岡公彦のボードレール翻訳ノート

ボードレール『悪の華[1857年版]』(文芸社刊)の訳者平岡公彦のブログ

ボードレール『悪の華』韻文訳――006「灯台(1861年版)」

灯台1861年版)

シャルル・ボードレール/平岡公彦訳
 
 
ルーベンス、忘却の河、自堕落の庭、
そこはだれも愛せぬ瑞々しき肉の枕。
それでも流れ込み、絶え間なく立ち騒ぐ生命。
空に満ちる空気や、海に満ちる海水のように。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ、奥深く薄暗い鏡、
そこに現れる魅力あふれる天使たち。
一面に神秘を湛えた甘い微笑を浮かべながら、
彼らの国を閉ざす氷河と松の陰から。
 
レンブラント、一面にざわめきの立ちこめる、
大きな十字架像だけが飾られた悲しき施療院。
泪ながらの祈りが汚物から立ち昇る。
にわかに通り抜ける一条の冬の光線。
 
ミケランジェロヘラクレスたちと
キリストたちが混在して見える漠とした場所。
黄昏のなか、真っすぐに起き上がり、
指をのばして屍衣を引き裂く屈強な幽霊たち。
 
怒れる拳闘士、厚顔なるファウヌス、
汝こそ、不埒者どもの美しさを拾いえたる者。
驕慢に膨らんだ尊大な心、虚弱に黄ばんだ男、
ピュジェ、徒刑囚どもの憂鬱な帝王。
 
ヴァトー、この謝肉祭を幾多の著名な人士が、
蝶のように、爛々と輝いて逍遥する。
この舞踏会の渦に狂気を注ぐシャンデリアが、
鮮やかで軽やかな舞台装置上に照る。
 
ゴヤ、未知なるものに満ちた悪い夢。
サバトの渦中に火にかけられる胎児、
鏡を見る老婆たち、悪霊どもを誘惑するため、
ストッキングをよくのばす真っ裸の子供たち。
 
ドラクロワ、けしからぬ天使たちの出没する、
常緑の樅の森が陰を落とした血の湖。
憂愁の空の下、異様なファンファーレが通る。
ウェーバーの息づまる嘆息のように。
 
これらの呪い、これらの冒瀆、これらの苦悶、
これらの恍惚、叫び、泪、「テ・デウム」は、
幾千の迷宮によって繰り返し反響された木霊、
それは死すべき者の心にとっての神のアヘン!
 
それは幾千の歩哨によって復唱された叫び声、
幾千のメガホンによって送り伝えられた命令。
それは幾千の城砦の上で火をつけられた灯台
大きな森のなかで道を見失った狩人の呼び声!
 
それというのも、主よ、まさしくこれこそが、
われらが尊厳を示しうる最良の証言たるもの。
時代から時代へ流転し、あなたの永遠の岸辺へと
打ち寄せて消えてゆく、この熾烈なる嗚咽こそが!
 
 
(2022.6.19大幅改訳

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ボードレールと三島由紀夫――三島由紀夫『潮騒』について

 前回韻文訳を公開した、シャルル・ボードレールの『悪の華』の5番めに収録されている無題詩は、三島由紀夫にとっての『潮騒』(1954年)のような作品だったのではないかと私は考えている。
 

 
 三島由紀夫も、代表作である『仮面の告白』(1949年)や『金閣寺』(1956年)がまさにそうであったように、鬱々とした内面の苦悩を描くイメージの強い作家だ。その三島が遺した膨大な作品のなかで、唯一の純愛小説と言われているのが、離島で暮らす漁師の少年、新治と、島の外から帰ってきた海女の少女、初江の恋を描いた『潮騒』である。

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ボードレール『悪の華』韻文訳の試み6――韻文訳「無題(私が愛するのは、……)(1861年版)」

無題(私が愛するのは、……)(1861年版)

シャルル・ボードレール/平岡公彦訳
 
 
私が愛するのは、フォイボスが彫像を黄金に
染めるのを好んだ、あの裸の時代の思い出だ。
その頃は、男も女も立ち居ふるまいも機敏に、
嘘もなく、不安もなく、楽しく過ごしていた。
恋しているような空は彼らの背中を愛撫して、
その高貴な機械を健やかに鍛え上げてくれた。
キュベレーはその頃、豊饒に作物を実らせて、
その息子たちを過剰な重石とは思わなかった、
共通の優しさに心を膨らませた雌狼となって、
その褐色の乳房をもって万物を潤してくれた。
優雅で、頑健で、強い力をもっていた男には、
彼を王と呼ぶ美女たちを誇れる権利があった。
まるで凌辱に無垢でひびにも処女地の果実は、
なめらかで固い果肉で、噛んでと呼んでいた!
 
詩人が今日、そんな生まれもっての偉大さを
思い描きたいと望み、男の裸体や女のそれを
見られるような場所まで行ってみたところで、
戦慄すべきものに満ちたその黒い絵のまえで、
暗闇の寒気が魂を覆うのを感じるだけのこと。
おお、服を着せてくれと泣きつく醜怪な者たちよ!
おお、滑稽な胴体よ! 仮面が相応のトルソーよ!
おお、ねじれた、痩せた、腹の出た、ぶくぶくの、
苛烈にして晴朗なる、実利という神の思し召しの、
青銅の産着でくるんだ子供たちの、不憫な肉体よ!
それから諸君ら、ああ! 蝋燭のように蒼ざめて、
放蕩に蝕まれながら、養われていもする女たちよ。
それから諸君ら、母親の悪徳の遺伝を引きずって、
多産婦のひどい醜さをすべて受け継ぐ処女たちよ!
 
実のところ、われら、堕落した国民にもまた、
心が下疳にでも蝕まれているような顔をした、
古代の民の知りもしない美女たちがいるのだ。
言ってみるならそれは、気怠さの美女たちだ。
だが、遅れて現れたわれらがミューズたちが
そんな発明をしようと、決して病多き種族が
青春に捧げる深き表敬の妨げになりはしない。
――聖なる青春に、純朴な風情に、穏やかな面に、
流れる水と同じように澄み切っている明るい目に。
そして、空の蒼さや、鳥たちや、花たちのように、
その香りを、その歌声を、その穏やかな熱気をも、
屈託もなく、すべてにふりまいてくれることにも!
 
 
(2022.10.2一部改訳)

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ボードレール『悪の華』韻文訳の試み5――韻文訳「照応(1861年版)」

照応(1861年版)

シャルル・ボードレール/平岡公彦訳
 
 
自然とは一つの神殿。そこに生きる柱たちは、
時折、混迷した言葉を芽生えさせた。
そこを訪ねる人間は、親しげな視線で見守る、
象徴たちの森林のなかを通り抜ける。
 
遠くから響いて混ざりあう長き木霊のように、
夜のように、明かりのように広がる、
暗闇に包まれた深遠な統一のうちに、
香りと、色彩と、音声とがお互いに応えあう。
 
ある香りは、幼い子供の肌のように瑞々しく、
オーボエのように甘く、牧草地のように青く、
――別の香りは、堕落し、豊満し、勝ち誇り、
 
無限の諸事物にも等しく膨れ上がる、
龍涎香や、麝香や、安息香や、薫香のように、
精神と諸感覚との昂りを歌い上げる。
 
 
(2022.5.8一部改訳)

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ボードレール『悪の華』韻文訳の試み4――韻文訳「上昇(1861年版)」

上昇(1861年版)

シャルル・ボードレール/平岡公彦訳
 
 
いくつもの沼を越え、谷を越え、
いくつもの山を、森を、雲を、海を越え、
太陽の彼方、エーテルの彼方へ、
星々をきらめかせた天球の果ての彼方へ。
 
わが精神よ、おまえは機敏な動きで進む。
陶然と波間に戯れる泳ぎの名人のように、
おまえは言葉にならぬ雄々しき愉悦とともに、
深遠で計り知れぬ広がりに陽気に軌跡を刻む。
 
飛べ、この病の瘴気のよくよく遠くまで。
行け、上層の空気のなかまで身を浄めに。
そして飲め、純粋な神のリキュールのように、
澄み切った空間を満たしている明るい火まで。
 
靄に包まれた実存を圧する重石となった、
退屈も、広がる憂愁もみな背後に遠のかせて、
幸いなるかな、力強き翼を羽ばたかせて、
光射す晴朗な領野へと突き進んでゆける者は。
 
ヒバリのように思考し、朝が来るたびに、
思いのままに大空へと飛び立ってゆける者は。
――人生の上を滑空し、努力も要さずに、
花々や声なき諸事物の言語を理解しうる者は!
 
 
(2021.11.7一部改訳)

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